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2008年5月7日 日本自転車競技連盟(JCF)が、北京オリンピック自転車競技トラックレース日本代表候補選手を発表。これを受けて日本オリンピック委員会(JOC)が5月9日付けで認定し、日本代表は決定した。
伏見俊昭選手(JPCA・福島・競輪選手)
2004年アテネオリンピックでは井上昌己選手、今回も日本代表に選ばれた長塚智弘選手とともにチームスプリントに出場し、自転車トラック競技・日本初の銀メダルを獲得。メダルを胸に帰国した際には北京五輪に向けてこんなコメントをしている。「その時は僕も32歳になっているし、挑戦できる立場にいれば挑戦したい。まずは国内の競輪でがんばって、それが4年後につながればいいと思う。」彼は公言したとおり競輪で好成績を残し、2007年12月には競輪界最高峰のレースを制し王者となった。日本の王者が再び世界に挑む
長塚智弘選手(JPCA・茨城・競輪選手)
2004年アテネオリンピックでは井上昌己選手、そして上で紹介した伏見俊昭選手とともにチームスプリントで活躍し銀メダル獲得に貢献。その瞬発力、ダッシュの鋭さは競輪界でも有名。また株好きアスリートとして書籍の出版や、テレビ番組にも出演。トークの面白さから若いファン層からの支持を得ている。昨年、結婚しお子様も誕生してパワー倍増?!のオリンピック3度目・パパレーサーが北京で魅せる。
渡邉一成選手(JPCA・福島・競輪選手)
初めてのオリンピック出場。競輪競走での果敢な先行ぶり(1番先頭で風をきって走る様子)が当時日本代表監督であったゲーリー・ウエスト氏に見初められ、デビュー翌年2004年にトラックナショナルチームメンバーとして召集された。2007年10月に開催された全日本自転車競技選手権大会・個人スプリントではこの種目で当時アジアNO.1だった北津留翼選手を破って優勝を果たす。これにより、伏見俊昭選手、永井清史選手、北津留翼選手とともにトラックナショナルチーム短距離種目のメンバーに選ばれた実績をもつ実力派。
永井清史選手(JPCA・岐阜・競輪選手)
高校3年の2002年2月から10月まで、UCI 国際自転車本部内に設けられている世界自転車競技センター(WCC)へ留学。そこで、今回の代表監督であるフレデリック・マニエ氏の指導を受けた経歴の持ち主。競輪学校(競輪選手になるための学校)では特別選抜入学(過去のスポーツ実績による特別枠での入学)を果たした「スーパーエリート」でもある。そんな彼に予期せぬ出来事があったのは3年前。前監督ゲーリー・ウエスト氏が、ナショナルチームのメンバーとして永井は相応しくないという決断を下しオリンピックの夢が砕け散ったのだ。悔しさをバネに闘ってきた3年間。再びナショナルチームに戻ってきた新しい永井清史があの日の悔しさを北京の舞台にぶつける。
北津留翼選手(JPCA・福岡・競輪選手)
男子メンバー最年少の23才。高校時代は国内最強の地位に君臨。インターハイ・国体のスプリントなどタイトルを次々と総なめし、世界ジュニア選手権でもスプリントとケイリンの2冠に輝いた実績を持つ。上で紹介した永井清史選手と同じく高校3年生の10月から半年間UCI 国際自転車本部内に設けられている世界自転車競技センター(WCC)へ留学。今回の代表監督であるフレデリック・マニエ氏の指導を受けアジア大会で金メダルを獲得したことも知られている。ナショナルチームの主力として世界で活躍しているルーキーだ。
飯島誠選手(JPCA・チームブリヂストン・アンカー)
トラックレース、ロードレースで活躍しているレーサー。オリンピック出場は3回目で2000年シドニーオリンピック、2004 年アテネオリンピックはともにポイントレースで16位。八王子工業、中央大学を経て、スミタラバネロパールイズミに加入。現在はチームブリヂストン・アンカーに所属。
佃咲江選手(北海道・北海商科大学)
高校まではスピードスケートの選手として戦っていたが、高校の恩師の勧めで大学から自転車競技に転向した。転向後、競技歴わずか1カ月で東日本学生選手権の3キロ個人追い抜きで優勝と一気にヒロインへの階段を駆け上がった。その後は2005年から2007年まで全日本アマチュア選手権スプリントで3連覇を成し遂げる。国際大会でも2007年アジアカップ・スプリント優勝と大活躍しているスーパーウーマンだ。
和田見里美選手(鳥取・中京大学)
高校時代からトラックレースの中・長距離選手として活躍する女性アスリートで、全国高校選抜自転車競技大会・2km個人追い抜きで優勝の実績をもつ。2006年、中京大学に進学し全日本自転車競技選手権大会と全日本アマチュア選手権自転車競技大会の3km個人追い抜きを制す。その後、2007年6月の世界選手権自転車競技大会Bのポイントレースで優勝し、上で紹介した佃咲江選手とともに北京五輪日本代表選手にエントリーされた。
フレデリック・マニエ監督(フランス)
自転車短距離競技の第一人者。世界選手権ではケイリンで1995、1997、2000年の覇者。またタンデムスプリントで4度の世界チャンピオンに輝いている。
また国際自転車競技連合(UCI)ワールドサイクルセンターの主席を務めた実績をもつ。(UCI卒業生である北京五輪代表選手・永井清史選手、北津留翼選手の育成も行った)
自転車選手以外にも、国立大学でスポーツ指導やコンサルティングを学んだエリートで国際自転車競技連合の強化部長のポストを捨てて日本ナショナルチームの監督として来日した。
どの選手がどの競技に出場するかは、現段階では発表されていない。マニエ監督が、それぞれの競技にベストな状態でのぞめる選手を選ぶそうだ。
また、北京オリンピック自転車競技トラックレース日本代表選手は6月30日から7月27日までフランス・ボルドーで合宿を行う予定。
彼らの活躍を、日本中で応援したい。がんばれ!マニエJAPAN!!












