チャリロト サービス



競輪選手72回生として活躍していたが、街道練習中の車との接触事故により障害(脳外傷)を負い現役引退を余儀なくされてしまう。2007年にはパラサイクリング世界選手権・1kmタイムトライアルで金メダル獲得(世界新記録)。実力世界一のトップレーサー。
真っ青な夏空の下に登場した石井選手は「暑いですね。大丈夫ですか?」と、やさしい笑顔を向けながら、バンク中央に腰をおろした。
そして、ケイリン選手時代に駆け抜けていた湘南バンクを見渡して嬉しそうに話し始めた。
「僕たちは世界一、恵まれた練習環境を与えられているとおもうんです。競輪場が近くにあるし、ここにはプロのレーサー、ケイリン選手たちがいる。スタートの練習をしたいと言えばアドバイスをくれたり、1000Mのタイムを図りたいと言えば、みんな参加して1000Mのタイムを競ってくれる。本当に、この場所を与えてくれた平塚市、そして選手のみんなに感謝しています」。
そう話す石井選手の後ろを、今日も練習に汗を流す湘南のケイリンレーサーたちがシャーッと音をたてながら通過していく。頑張りが彼らへの感謝なのだというパラリンレーサー。それと同じく石井選手たちの頑張りがケイリンレーサーの力の糧になっているのは間違いないだろう。
この恵まれた環境をいかした彼は2007年パラサイクリング世界選手権・1kmタイムトライアルで世界新記録を更新し、金メダルを獲得。表彰台の1番上から、掲げられた日の丸を見つめた。
「あの瞬間の気持ちですか?一気に疲れが抜けましたよ。爽快でしたね。あの気分を、もう1度味わいたいですね。でも、自分の力だけで勝てたとは思っていません。チームの方々が、それぞれの役目をまっとうして出せた結果だと思います。
北京でも、レーサーとしての自分の役目をしっかりと果たしたいです」。
この他にも、2007年の同じ大会で個人追い抜き・銀メダル、ロードレース・金メダルを獲得した石井選手。こうして世界に敵なしとも言われるようになれたのは、大好きな自転車との再会だった。
「ケイリン選手を引退せざる負えない時に、選手手帳を選手会に返しに行ったんです。その時、パラサイクリングをやってみないかと勧められました。あの声かけがあったからこそ、今の自分がいるんです。その時はまだ、障害がひどくてうまく話せなかったりしたけれど自転車に乗るようになったら不思議とよくなってきたんです。自転車にこうやってもう1度乗って、元ケイリン選手としてパラリンピックで世界の舞台に立つことが使命のような気がするんです。」
「ケイリン選手だったことを、誇りに思っています」
しっかりとした眼差しで、心の底からのメッセージを伝えてくれた石井選手。
「北京では、スポーツとしてのケイリンの意地をみせたい。お世話になっている平塚市や選手会のみなさんに、走りで恩返しがしたい」。
その熱意のこもった言葉には、これまでの苦労や、悲しみ、喜び そして希望がすべて含まれていた。
さいごに、石井選手は自分自身に言い聞かせるように約束してくれた。
「北京から、藤田と一緒に笑って帰ってきます。うん、必ずそうなると思います。」
※パラリンピックでは9月8日の個人追い抜きを初戦に、1kmタイムトライアル、個人ロードレース、個人ロードタイムトライアルに出場予定。


現在は東海大学大学院の工学研究科2年生。
4年前大学2年生の夏、交通事故で両下脚を損傷し義足になった。
2年前から本格的に自転車競技を始め今では日本障害者自転車協会の強化選手に選ばれた。昨年行われた「オープン・アメリカン大陸選手権」(2007年11月/コロンビア)では【男子1000mタイムトライアル(LC3)金メダル】
【男子3000m個人追い抜き(LS3)銀メダル】と輝かしい成績を残している。
車から降りた藤田選手はジーンズ姿。
激励会の会場まで歩く姿は両足義足とは思えないほど、力強かった。
平塚競輪場が練習の場となったきっかけは石井選手の誘いからだった。
競輪選手と同じ場所で一緒に練習できることが藤田選手に今までに刺激を与えたようだ。
「プロの競輪選手ってやっぱり凄いですよ!一緒に練習できてモチベーションも上がるし、スタート練習でアドバイスを貰えて嬉しかった。それがタイムにもつながってて、感謝の気持ちでいっぱいです」
競輪選手達は元々高校時代にトラック競技の経験者、自分達が何か役に立てればと見守っている。
共に練習している石井選手も元競輪選手。
障害のクラスは違うが北京オリンピックでは同じ4種目に出場する。
「石井選手はプライベートでも兄貴みたいな存在です。自転車もめちゃくちゃ強くて、いつも僕は後ろを走っているけど…いつか抜いてやるって虎視眈眈と狙ってます(笑)」
大学院生の藤田選手は学業との両立も課題の一つだ。
研究室の実験・論文に追われ、大学のティーチング・アシスタントも引き受けているため合宿所にもテスト用紙を持ち込んで採点するほどの多忙ぶりである。
「パラリンピック終わったら2日後には研究室の合宿です。忙しいでしょ?(笑)でも、僕のパラリンピックへの想いを理解してくれて今は競技に集中しろ!と教授も仲間も応援してくれます。だから必ず金メダルを日本に持って帰ってきたいですね。」
北京パラリンピックに出場することで、見ている人に何を伝えたいか?の問いには少し言葉が詰まった。「そーですね…」
『こうなってから4年が経つんですけど、正直見ている人に自分の走りで何か伝えたいって所まではまだいけていません。ただ…家族や仲間、支えてくれた全ての人に恩返しできるような走りがしたいと思っています。』と真っ直ぐな思いを伝えてくれた。
パラリンピックは11日間というオリンピックより1週間も短い開催期間の中、4つの種目に出場という過密スケジュールだが、日の丸を背負った若武者は力強い走りを見せてくれるだろう。
※パラリンピックでは9月7日の1kmタイムトライアルを初戦に、個人追い抜き、個人ロードタイムトライアル、個人ロードレースに出場予定。

2007年7月22日、北京パラリンピックに出場する石井雅史選手(神奈川県平塚市)と藤田征樹選手(神奈川県秦野市)の激励会が平塚競輪場で行われ、平塚市公営事業部 富岡部長と藤沢市経済部参事兼産業振興 石渡課長がパラリンピックレーサーにエールの言葉をおくった。
パラリンレーサーの2人から「平塚競輪場という、とてもいい練習環境を与えてくださって本当にありがとうございます」とお礼の言葉が述べられると、富岡部長と石渡課長から「神奈川県から2人も自転車競技でパラリンピックに出場がきまり、本当にうれしい」「1番のコンディションでがんばってください」と激励の言葉がおくられた。




