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2018/06/21

Norikazu Iwai

高松宮杯記念競輪

高松宮杯記念競輪

三谷竜生(奈良101期)の優勝で幕を閉じた岸和田G1高松宮記念杯競輪。勝ち上がりは東西別々で、普段は仲間でありながら、今回ばかりは敵という印象を受けた。決勝戦は脇本雄太(福井94期)の先行に乗った三谷がゴール線前で差し切り。5月の日本選手権競輪に続いてのG1レース連覇。通算3つ目のビッグタイトルを手中に収めた。しかし、三谷には申し訳ないが、脇本の強さが何よりも際立っていた。日本選手権もそうであったが、脇本がいたからこその優勝。2020東京五輪を目指す脇本はナショナルチームとしての練習や活動に軸を置いている。現況で12月のグランプリへ出るためには、ここでタイトルを獲っておきたかったところでの準V。その心中はいかに?である。

勝ち上がりについては賛否両論あるが、筆者は東西対抗の形は“あり”だと思っている。ただし、条件が付く。選手は「やりにくい」と、話していたらしいが、ごもっともであろう。日頃、中部と近畿の選手は連携することも多いし、中国と四国の選手も同様、そこが盲点だ。中国勢に対して、四国の追い込みが果たして競りにいけたか?近畿と中部に置き換えてもいい。例えば、脇本の後ろが稲垣裕之(京都86期)で、位置のない中部の追い込みが分断に出られるか?その答えはNOであろう。競走はここだけではない、遠慮してしまうのは当然のことだろう。
私案と言っては図々しいのだが、近畿の選手が走る時は中部と同じ番組を組まない。三分戦なら近畿・四国・九州とか中部・中国・九州とかにできないものか。競輪選手はあくまでもプロであり、勝つことを目的にしているものだ。そこにしがらみが生まれると、競走自体の醍醐味が半減してしまう気がしてならないのだ。遠慮なく戦える組み合わせが望まれる。

その中で木暮安由(群馬92期)が実に思い切ったアクションを起こした。決勝戦で武田豊樹(茨城88期)と吉澤純平(茨城101期)の後ろで競ったのだ。現地で取材した記者によれば、決勝前日の共同インタビューで木暮が番手勝負を宣言した時はジョークかと思ったらしい。木暮にしてみればタイトルを獲る一番の近道は吉澤の後ろだったのだろう。しかし、個人的な見解ではあるが、本気で優勝したいのならば脇本の後ろだと思ってしまう。そして、吉澤の後ろが武田ではなく平原康多(埼玉87期)でも競ったのであろうか?開催初日の東日本特別選抜では吉澤・平原・武田・諸橋愛(新潟79期)と並び、木暮は別線を選択した。勝ち上がりで木暮は平原の後ろを回っている。決勝で武田と競るならば、平原とも競るべきなのではないか?考えがあっての決勝戦だったのであろうが、いきなり感は否めないし、筋違いなようにも思えてしまう。

筆者は木暮を高く評価している。評価しているというと生意気だが、彼のレースは観ていて楽しい。何かをしてくれる期待感があるのだ。だからこそ決勝戦は驚いた。今後、木暮がどのような道を歩むのか注視していきたいと思う。

その他に気になったのは評論家たち。全員が全員ではないが、ほとんどの評論家が決勝戦後、この競りについて触れることがなかった。大半の競輪ファンは木暮の心理を知りたかったのにである。
オールドファンはご存知だろうが、若い先行選手が出てきた時、盟友と言われたレジェンド2人が激しく競った。勝つためには若くて勢いのある先行選手の番手が必要だった。今回、木暮の取った行動は基本的にこれと変わらない。
ウン十年前の話しであれば、もう時効だろう。実体験や見聞きしてきたことをベースに、この件に関して評論して欲しかった。あくまでも筆者の考えであるが、評論家とは読んで字のごとく。予想に重点を置くのは予想屋だ。ファンの聞きたい、知りたいことを独自の視点で語ることができる評論家がもっといてもいい。

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