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競輪

2017/09/23

Junko Shitara

心に残るベストショット Vol.4

心に残るベストショット Vol.4

競輪に携わって35年。
今回は寛仁親王牌・世界選手権記念トーナメント(10月6日〜9日)が行われるグリーンドーム前橋の思い出を。

今でこそ屋根がグリーンになって、その名の通りですが。最初は赤胴色鮮やかな日本初……いえ、アジア初の室内自転車競技場として1990年、そのお披露目に世界選手権(トラックレース)が行われました。
競輪の開催と違って、バンクの内側で各国チームの選手がローラーに乗ったり、レース待ちをしたりする姿が見られるのもこうした競技大会の楽しみです。
そして、この大会でもっとも印象深かったシーンはバンク内側で起きました。前年の晩秋に世界を揺るがした大きなニュース、東西ドイツの分断と冷戦の象徴でもあり、長きに渡って東西ベルリンを隔てていた“ベルリンの壁”が壊されたのです。そして、それから1年も経たないこの前橋の地でも一つ東西の壁が取り払われました。東西に分かれていたドイツ競技連盟が一つの組織としてまとまることを宣言。実際に、バンク内で東西を分けていた仕切りを外してシャンパンで祝ったのです。時代の流れがバンクの中でも垣間見られた感動の瞬間であったことは言うまでもありません。

この1990年の大会ではまだプロ・アマオープン前で、一緒に競技が行われていて、今は競輪選手として活躍している人の名前がアマチュアに見られました。筆頭はタンデム(2人乗り)スプリントで、稲村成浩(群馬69期)と齋藤登志信(宮城80期)の両選手が高校生ながら日本選手団唯一のメダル(銀)を獲得したことでしょう。
大学生や実業団のペアも想定された中、いっそのこと高校生ペアの未経験ながら未知数の力に期待しようという思い切った策が功を奏しました。大会直前にやっと自転車が仕上がり、急ごしらえのペアは予想外に勝ち進み、準決勝の相手(フランス)は後の日本代表監督フレデリック・マニエ氏と、何度も国際ケイリンで来日しているファブリス・コラ氏でした。この競技で世界選手権三連覇を狙う強豪なのにサクッと、勝ってしまったのです。定石とかペース配分などを無視した若さの力技が勝因の一つでした。決勝戦の朝、ちょっと寝坊して朝ごはんを食べ損ねた……なんてブツブツ言いながら、少しも緊張感を感じさせずに準備する高校生ペアでした。一方で誰も注目していなかった(失礼!)このタンデムスプリントだけに周囲はあたふた、マスコミから「どんな競技だ?」とか「見どころは?」と、取材される競技関係者が困っていた様子がちょっと滑稽(こっけい)だったことを覚えています。
最終的には、決勝で対戦したイタリア勢の老練な作戦に敗れ、銀メダルで終わった高校生ペアではありましたが。地元・群馬の稲村さんが高校生ながら活躍したことで、予想をはるかに超える観客動員数と盛り上がりをみせた大会でした。
当時のことを思い出すと、今でも稲村さんと齋藤さんには特別な感謝というか親しみを感じます。

自転車競技のみならず競輪界にも新たな時代の到来を何度も演出してきたグリーンドーム。1992年のドームダービー(第45回日本選手権競輪)では若干21歳の新鋭・吉岡稔真さん(福岡65期・引退)がデビュー最速G1優勝記録を作りました。レースは快速先行(3番手捲り)の吉岡さんを競輪ならではの絶妙なアシストでカバーして、気持ち良く走らせた井上茂徳さん(佐賀41期・引退)の技が呼び込んだ結果でもありました。
もう1人、記憶に残る選手は深谷知広選手(愛知96期)。
2011年のG1高松宮記念杯で、深谷選手はそれまでの吉岡さんの持つデビュー719日目のタイトル獲得最速記録を更新、デビュー684日目でのタイトル制覇を果たしました。エンジンがかかると手が付けられないパワーとスピードはファンだけでなく、バックヤードにいる同胞選手たちが「うぉーっ!強えぇ~!!」と、驚嘆の声を上げる程。深谷選手に付いたニックネームは「平成の怪物」で、デビュー2年目の新鋭の活躍に誰しもが新しい時代の到来を感じました。
思い出せば若きヒーロー吉岡・深谷のこの2人、まだ幼さの残る顔には練習で培った自信と未来への希望あふれる表情が微笑ましく、スター誕生の瞬間を感じました。また、その場に自分がいられたことに感謝の念さえ覚えました。長く取材していてもこうした瞬間に出会えることは数少ないのです。

雄大な赤城山系を見上げるグリーンドーム前橋。さて、次にどんなドラマを見せ?どんなスターを誕生させるのか?また、あのバンクに立って、こだまする歓声に包まれたいと思います。

【略歴】

設楽淳子(したらじゅん子)イベント・映像プロデューサー

東京都出身

フリーランスのアナウンサーとして競輪に関わり始めて35年
世界選手権の取材も含めて、
競輪界のあらゆるシーンを見続けて来た
自称「競輪界のお局様」
好きなタイプは「一気の捲り」
でも、職人技の「追い込み」にもしびれる浮気者である
要は競輪とケイリンをキーワードにアンテナ全開!

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