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2019/05/23

Go Otani

エッセイ「競輪場の在る街」Vol.8〜玉野

エッセイ「競輪場の在る街」Vol.8〜玉野

その日の宇野港は荒れていた。体感では台風並みの風が吹き、普段は穏やかと思われる瀬戸内海も、白いしぶきが目立つ。

宇野港は、玉野市にある瀬戸内海に面した古くからの港である。岡山駅から、ローカル線で1時間弱ほど。宇野駅に到着するやいなやの私を出迎えたのは、思いがけない強風だけではなく、思いがけない人の多さだった。

その日は偶然にも[宇野港フェスティバル]が催されていた。私はそのフェスティバルに合わせて訪問したわけではなく、たまたま日程がぶつかっただけであるが、単独行の私をおおらかに受け入れてくれているような錯覚をし、そのまま、フェスティバルに向かう人の波に乗って港の先へと向かう。
街のほとんどの人が集まっているのではないかと思われるほどの人出に驚かされながら歩いていると、ひときわ目立った人だかりがある。近づいてみると、船の前で同じコスチュームを着た若い女性が3人立っている。スピーカーからアナウンスが流れて理解した。今日はSTU48の宇野港における初入港の日だった。多くの取材陣やTVカメラも集まる中でも堂々とした彼女たちがフラッグを掲げる。風が強いことが幸いしてフラッグが大きくたなびく。大きな拍手が広がる。旅立ちはいつでも祝福される。始まりはいつでも前を向いている。これから始まる往路に復路は存在しない。陸路は、この宇野港で途絶えるけれど、ここから先は海路が続く。手段は違えど路は続く。乗り物は違えど旅も続く。

遠巻きにその人だかりをしばらく見つめた後、私は、私とは何のゆかりもない彼女たちに幸あれと祈りながら、彼女たちとは違う陸路を戻り始める。私には私の、誰も知らない旅がある。

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