エッセイ「競輪場の在る街」Vol.1〜熊本
羽田は大混乱だった。巨大な台風が日本をまっ二つに切り裂くように進んだために、東日本と西日本の空が分断したからだ。午前から待ち続け、飛ぶのか飛ばないのかの二者択一の緊張感に中でようやく離陸したのが16時過ぎ。熊本への旅はこのように始まった。
熊本は台風一過、爽やかに晴れていた。しかしそれは見た目だけであり、体感的には、飛行機の揺れによって、台風が残した激しい風を受けていることがよく分かった。直前まで降っていた雨が洗い流したせいで、空気中の塵が失せ、熊本城や野球場がよく見える。心なしか、陰影もはっきりしているようで、街が立体的に見える。しかしそれは、航路を必死で確保するために、飛行機がいつも以上に角度をつけて転回しているせいかもしれない。
縦に現れた虹を回り込んだ後、競輪場とサッカー場を過ぎ、熊本空港へと滑り込んでいく。
「熊本空港は高台にあって、日本で一番安全な空港なんですよ」
と、教えてくれた人がいた。このようなコンディションでの着陸の際には、そういった何気ない一言が心強くも感じる。
空港から無料乗り合いタクシーで、最寄り駅、とは言っても決して歩いては行けない肥後大津駅まで行く。あれだけきらきらと晴れていた空も、すでに日暮れの時間が近づき、ゆっくりと色を濃くしている。案の定、台風の余波は電車の運行にまで及んでおり、50分遅れというアナウンスが流れた。豊肥本線は、阿蘇を周遊する鉄道路線でもあり、特別観光列車が入ってくる。私が乗れるわけもなく、ホーム上で見送る。もう日は完全に暮れていた。豊肥本線を阿蘇方面に少し行くと、日本最大と言われるスイッチバックがある。しかし、その辺りはもう完全に闇だろうと諦める。
ようやくやって来た熊本行きの列車に乗る。白川は、自身が形成した河岸段丘の中で、竜のような体を闇の中に横たえ、眠っているに違いない。嵐にも負けず、無事に到着したという安心感で、私も少し眠りに落ちた。闇の中を進むローカル線のノスタルジックな微振動は、緊張疲れの体に心地よかった。
Text & Photo/Go Otani
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