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2018/05/16

Junko Shitara

心に残るベストショット Vol.10

心に残るベストショット Vol.10

競輪に携わって35年、今回は名古屋競輪場のお話しです。
名古屋記念開催は近年まで10月の開催でしたので、レジャーにうってつけのシーズン。しかも連休中に開催されることが多く、この時期は鈴鹿サーキットのモータースポーツの最高峰F1レースとも重なり、いかに大都市・名古屋と言えどもホテルの確保が大変だったことを思い出します。

その名古屋競輪場で1992年9月、29年ぶりにオールスター競輪が開催されました。
この年、高松宮杯で中野浩一さん(福岡35期・引退)が引退して、まだ検車場で中野さんを見ると「調子はどうですか?今日は何レースだっけ」と、思わず声をかけようとするくらいでした。
絶対王者・中野浩一さんが長く自転車界を牽引してきただけに、検車場内にはこれからの競輪界の風向きを確かめるかのように立ち止まっている……そんな空気が感じられたものです。
吉岡稔真さん(福岡65期・引退)がすでに3月のドームダービー(前橋)で初タイトルを手にしていましたけれども、まだ“吉岡時代”と、呼べるほどの力の存在が確定していなかったのです。
そのような中で開催されたオールスター競輪決勝は激戦が予想されていました。
四分戦、レースは吉岡キラーと呼ばれた海田和裕さん(三重65期・引退)が果敢に先行、追走する無冠の松本整さん(京都45期・引退)、後方に置かれた吉岡さんの捲りに乗った鬼脚・井上茂徳さん(佐賀41期・引退)が2センターでインを突いて1着ゴール。井上さんは高々と手を上げましたが、赤旗審議で結果は失格。2着ゴールで悔しさを露わにしていた松本整さんが繰り上がって優勝という決定放送が入ったのです。
名古屋競輪場はバンク中央部分に敢闘門ならぬ入場スロープがあります。そこから、まさに破顔という表現がぴったりの笑顔で現れた松本さんにインタビュアーの私は内心、秘かにホッと、胸をなで下ろしました。やはり、失格の繰り上がり優勝というのは両手(もろて)を挙げて喜びづらいですよね。でも、私が向けたマイクに松本さんは「日本一になりました!」と、大きな声で私の杞憂を一掃してくれたのであります。場内のオールドファンからの「おめでとう~、松本!」の歓声に松本さんは高々と、右手を挙げて応えました。
その時に思ったのは、確かに失格や落車はあってはならないことですが、経過はともかく松本さんに投票していたファンにとっては喜びの声そのものです。やはり伝えるべきことはきちんと伝えなければいけない立場です。
「あなたに投票したファンにキチンと、お礼を言わないとね」
その後、同様のケースでもインタビューに現れる選手にそう言えました。この一言は長年、優勝インタビュアーとして務めさせてもらった私の一念。ただ、選手にしてみれば“コワイおばさん”だったかも知れませんね(苦笑)。

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