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2022/10/01

P-Navi編集部

【新チャリレンジャー・オート】青木治親選手

【新チャリレンジャー・オート】青木治親選手

2022年10月1日より、オートレースの青木治親選手(川口29期)が新たにチャリ・ロトスポンサード選手(チャリレンジャー)に加わりました!
95年と96年にロードレース世界選手権GP125CCクラスで、日本人初となる2年連続のチャンピオンを獲得。その後、オートレースへの転向を決意すると、04年に29期としてデビューして、これまでG1を2度優勝するなど活躍。さらにオートレース以外では、20年から一般社団法人SSPを立ち上げ、社会貢献活動にも精力的に取り組んでいます。
オートレース、そしてバイクの魅力と可能性を広め続ける青木治親選手に、ご声援をよろしくお願いします!

◆青木治親(川口29期)選手コメント◆

僕は6歳からオートバイに乗り始めて、今年で40年になります。
ロードレースの選手時代から知り合いだった阿部光雄(川口6期・引退)さんに相談しながら、2004年にオートレースの世界に行くことを決めました。いつまでもオートバイに乗って、レースができる__。どのスポーツでも必ず引退は来るものですが、その中でもオートレースは成績を落とさなければ、ずっと走り続けられる世界で、さらに生活面もしっかりできる。そこが一番の魅力でした。
2004年にデビューしたので、19年目。単純であるからこそ、出口が分からずに、難しい面もたくさんあります。ロードレース時代に持っていたイメージや感覚とも違うので、まだまだ巧く乗りこなせていないのが現状ですね。自分の考えだったり、ラインディングだったり、整備の仕方だったり。そこをどう埋めて、掴んでいくか。今もなお、頑張っているところです。
でも、大好きなオートバイに乗ってレースができる。そのことが、僕の中で一番幸せです。僕の得意分野は、走ること以外にないし、乗れることが本当に楽しい。さらに、年を取れば取るほど、オートバイに対しての理解力も変わってきています。オートバイに改めて思うことが、本当にたくさん! 自分が思うようにコントロールをしたい、そして誰よりも速く走りたい。その思いがあるからこそ、飽きることもないんです。
もちろん、オートレースでも記念レースをまだまだ獲りたい。それに、まだ獲っていないSGも獲りたい。そういう夢を持ち続けています。

また、2020年からSSP(サイドスタンドプロジェクト)の活動も行っています。元々は3兄弟の次男(治親選手が三男)が事故により車いす生活になって、またバイクに乗せてあげたいと思ったのが最初です。そこから、一般の方にも、同じ境遇で、同じ夢を持っている方がたくさんいることに気付きました。僕はオートバイに乗り続けて40年、一生涯をともに過ごしている中で、オートバイで人のために何かできたらいいなと思っています。SSPは少しずつ活動範囲も広くなっていますし、もちろん、障がいを持たれている方の全員が乗れるというわけではないのですが、「オートバイにも乗ることができる」という選択肢があることをもっと広め、また乗れること自体が活力になってくださったら、良いかなと考えています。

10月からチャリロトさんのサポートを受けることになりまして、大変、光栄に思っています。オートレースでは、これからも見てくださる方が興奮して、楽しめるレースを繰り広げていきたいと思っていますので、よろしくお願いします!

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青木治親

【選手プロフィール】
青木治親(アオキ ハルチカ)
LG:川口オート
期別:29期
1976年3月28日生まれ・46歳

17歳からロードレース世界選手権に参戦し、19歳の時に、日本人4人目(日本人では最年少記録)となる125㏄クラスの世界チャンピオンを獲得。さらに翌年、日本人として初の2年連続世界チャンピオン獲得の偉業を達成した。そして03年、27歳でオートレース転向を決意すると、04年7月に選手登録、同年8月にデビューを果たした。06年にキューポラ杯争奪戦(川口)でG1タイトルを初獲得。さらに11年にはG1共同通信社杯プレミアムカップ(浜松)を優勝。現行ランクはA‐56。通算勝利数は382勝、通算優勝回数は15回。
(10月1日現在)
サイドスタンドプロジェクトのホームページはこちら

※チャリレンジャーとは

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