TOP > コラム > “帝王”山田裕仁の競輪哲学 Vol.56

コラム

一覧へ戻る

コラム

2019/09/19

Yuji Yamada

“帝王”山田裕仁の競輪哲学 Vol.56

“帝王”山田裕仁の競輪哲学 Vol.56

松阪競輪場で開催されたG2共同通信社杯は、郡司浩平(神奈川99期)選手が2017年の高松G2ウィナーズカップ以来となる2度目のビッグレース優勝を決めました。今回も郡司選手の勝ち上がりから振り返ってみたいと思います。

共同通信社杯の予選は自動番組編成で、初日一次予選の郡司選手は簗田一輝(静岡107期)選手の番手回りでした。前を任せた簗田選手が先行した取鳥雄吾(岡山107期)選手の3番手を巧く取りましたが、そこから動くことができません。4番手の郡司選手は最終4コーナーから追い込んで、何とか3着入線。ただ、3着という着順ではありましたが、4コーナーからの伸びに調子の良さを感じました。

続く2日目二次予選は自力での戦い。前受けから一度、引くと、打鐘から先行態勢に入った太田竜馬(徳島109期)選手に対して、最終ホーム6番手から早目の捲り返しで1着。この一戦は太田選手がペースを落とし過ぎたとも言えますが、早目の巻き返しに出た郡司選手の走りを褒めるべきでしょう。

3日目に行われた準決勝、郡司選手はここでも自力での戦いでした。関東ラインは鈴木竜士(茨城107期)選手を先頭に、番手は平原康多(埼玉87期)選手、3番手に諸橋愛(新潟79期)選手という鉄壁の布陣。その関東ラインが先行態勢に入ろうとすると、郡司選手は巧く4番手を奪取します。最終ホームで吉田敏洋(愛知85期)選手がカマシて、主導権を奪い返したことでレースは混戦になりますが、郡司選手は巧く捌いて3着で決勝進出。この一戦から、郡司選手の混戦への強さが見て取れました。
尚、この準決勝は番組編成員によって番組が組まれましたが、この開催は自動番組編成が特徴の一つなので、そこは少し残念でした。

最終日の決勝、郡司選手は単騎での戦いになりました。1番車だったにも関わらず、初手は9番手で周回を重ねることになりましたが、先行する可能性が高い山﨑賢人(長崎111期)選手の3番手という見方もできる並び。位置取りが巧い平原選手が一旦、前へ出て、山崎選手の上昇を迎え入れた時に郡司選手までを入れるかどうかが最大の勝負の分かれ目です。そのポイントに注目していましたが、郡司選手はスンナリ3番手で続くことができ、最終バックから捲って優勝を決めました。
平原選手が後ろに続いている展開は捲り切ったとしても、差される確率がかなり高かったと思います。ですが、山崎選手の番手を回っていた稲川翔(大阪90期)選手が平原選手をブロックしたおかげで郡司選手と平原選手には優勝を決定づける車間が開きました。私は以前から、「優勝には少しの“運”も必要だ」と、言っていますが、稲川選手の動きによって、郡司選手に運が味方したと言えるのではないでしょうか。

12

ページの先頭へ

メニューを開く